京都大学 大学院人間・環境学研究科/総合人間学部・(併任)大学院地球環境学堂 生物多様性保全論分野 瀬戸口浩彰研究室

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研究内容

福島県大熊町における放射性セシウムの除染」

 「琵琶湖に閉じ込められた海浜植物の研究」から派生して、海浜植物であるハマダイコンを使って放射性セシウムを吸収し、生育土壌から放射性セシウムを回収する研究を進めています。

 高校の化学の授業で周期律表を学習しますが、セシウムCsはNaやK(カリウム)と同じ族にあります。原子サイズは巨大ですが、その性状は族内で似ています。震災と原子力発電所の爆発事故のあと、私は海岸の植物を用いてNaの代わりにCsを吸わせることが出来ないかという単純な発想を持って、最初はお試し程度の規模で実験を始めました。その時の第1候補は、普段から実験で使っている海岸に生えていたフクドでした。植物体が大きくなり、満潮時には完全に海中に水没をするヨモギの仲間です(関西以西にあるので、東日本の方は知らないかもしれません)。第2候補はタチスズシロソウ、これは属がArabidopsisなので、メカニズムを解明するのに役立つと考えました。このときフクドの脇で咲いていたのがハマダイコンでした。おまけのつもりで実験に使ったのです。

 普通の塩化セシウム(非放射性)を使った実験では、フクドとハマダイコンは順調に育ち、タチスズシロソウはセシウムの毒性に嵌まってほぼ枯死しました。そして岡山大学の共同研究者:且原先生にICP-MSという器械で分析して頂いたところ、予想だにしなかった結果が出ました。フクドにはCsがほとんど取り込まれておらず、逆にハマダイコンには大量に入っていたのです。これが震災と事故があった平成23年の実験でした。この結果を持って、福島のどこかで実験をさせていただけないかと思い、岡山大学の先生方に紹介されて、最初に福島県南双相地区農業試験場(浜通りを担当しておられます)を紹介していただき、ここからさらに紹介していただいて大熊町と飯館村の2カ所で始めました。飯館村ではサポートが無く、タイベック(テレビでよく映っているDUPONT製の不織布の白い防塵服)なども提供してもらえないので、100円ショップで売っている雨合羽上下と花粉用マスク、キッチン手袋、ビジネスホテルにあったシャンプーハットで実験を始めました。そうしたらあまりの灼熱の暑さでフラフラになり、しばらく畑の中で動けなくなりました。両手が泥だらけなので、内部被曝を避けるために飲料水を飲むことが出来なかったのです。そのうちに上空では警察のヘリコプターが超低空で私の上をぐるぐる旋回し始めて土埃が立ち、大変な目に遭いました(不審者と疑われ、役場に照会をしていたのです。もちろん立ち入り手続きを完了していたので問題は起きませんでしたが)。ヘリコプターで舞い上がる粉塵は土壌表面のものなので、放射線量が特に高いのです。これでは続けていけないと思い、支援して下さる大熊町だけで実地試験を始めました。

 試行錯誤を繰り返した結果、一番適切な方法を採用すると、特に生育中期まで多くの割合を占める葉にCsが高濃度で蓄積することがわかりました。発芽からわずか2ヶ月での栽培期間でです。数年を経過した大熊の土壌では、放射性セシウムは粘土質の粒子と強固に結合しているので、この事への対応に工夫が必要でした。今の問題は、回収したハマダイコンを焼却すると、単位重量当たりの放射線量がもの凄く高い数値になり、「高レベル放射性廃棄物」になってしまうことです。高効率を考えてきたことが裏目に出てしまいました。

 しかし、ここにアジアの国:ニッポンの特性が使えます。我が国の規制は「濃度規制」であって「総量規制」ではないのです。工場の排水も同じです。ですから小麦粉でも何でも良いので、廃棄物の分類が変わるまで別の灰や粉で薄めてしまえば問題が無くなります。嵩は大して増えません。関西で言うところの「粉もん」で薄める、これで一般の低レベル廃棄物として対応が出来ると考えています。

 震災後には、潤沢な予算に支えられた研究が多く立ち上がったそうですが、私たちの研究は最初から今まで全て自己負担です。飯館村での作業の格好は惨めなものでした。大熊町での実験作業でも大敵は暑さで、職員の皆さんと一緒に、タイベックの中で大汗をかき、半ば脱水になりながら実験をしてきました。避難先の会津若松から往復して支援して下さった大熊町役場の皆さん、現地で町の維持に努めている「じじい部隊」*の皆様にお礼を申し上げます。また、実験をボランティアで一緒に進めて下さっている岡山大学の且原先生、山下先生、小野先生、技官の松永様には感謝のしようがありません。

 今はもっと低レベルでの復興用農地で、放射性Csを「吸いきる」実験に入っています。これも研究ではなくて、海岸の植物を研究してきた植物研究者の義務だと思って、「事業」として行っています。震災と事故の際には、役場や消防、警察、自衛隊、報道などの方々が大変な仕事をやり遂げられました。研究者は粘着性気質なので、中長期的な視点から復興の仕事に携わることが役割だと考えます。偉そうなことは言えませんが、論文書き・業績稼ぎのための視点ではなくて、人様の役に立つ心根が大切だと思います。

「NHKニュースおはよう日本」で2015年4月7日に放送された映像が、NHKエコチャンネル(自由にアクセスできます)にアップされました。タイトルは「ハマダイコンを植えて被災した農地の除染を」です。これまで4年間をかけて試行錯誤してきた事業をNHKの記者の地曳さんとその取材クルーがまとめて下さったものです。最初のバージョンは2月5日に全国放送され、その後の3月2日に関西地域で再編集したものが放送され、そして再々編集のものが4月7日に放送されたようです。 難しい内容を、実に判りやすくまとめて下さった地曳さんは凄い方だと思いました。ほんとうは、こうした説明の仕方で大学の授業も工夫しなければいけないなと思います。

NHKエコチャンネル 「ハマダイコンを植えて被災した農地の除染を」
http://cgi4.nhk.or.jp/eco-channel/jp/movie/play.cgi?did=D0013773277_00000

*じじい部隊: 
震災時に町役場の職員として要職にあった方たちが定年後に大熊町の現地事務所に詰めて、将来の帰還を目指して防犯や草刈りなどの町の維持、線量計測などに携わっておられます。NHKの特集番組で全国放送されて、広く知られる存在になりました。